異文化に恋してる

異質な考え方に触れて参考になったときの備忘録
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家族が遭難して1人だけ助かるなら

2014/06/06 18:30

どこかで聞いたことのある話。
祖父母、父母、子供の5人がフェリーで旅行していました。
嵐で転覆してしまい、救命ボートで助かるのは1名だけ。
さて誰を乗せる?

祖父母は十分に生きた。
父母もまあ生きた。
未来の長い子供に生きてもらおう。

以前の私はこんな考え方でした。
日本人なら同じ感覚の人が多いのでは?

一方儒教では、年長の男性を一番重んじるため、祖父を助けるそうです。

寿命が短いし、もう年だから生殖機能も?なのに、なんで祖父なのさ〜??
と疑問に感じ、ずーっと心に引っかかっていました。

ところが最近、この価値観も一理あるなあと思えてきたのです。

子孫の反映を重んじるなら、子供を残すべきでしょう。
しかし先祖から受け継いできた文化や技術を維持を重んじるなら、祖父もしく祖母を残すべきかなあと思うのです。

価値観の未分化な子供が助かったとしても、まだ幼なければ他の大人の価値観に染まってしまい、祖父母や父母が伝えたかったことが途切れてしまいます。
もし大人が生き残れば、よその子に自分が長年培ってきた価値観や技術を伝承するチャンスがあります。
生殖機能が若ければ、子孫ができて教育できるかもしれません。

…こんなこと考えていたら、私の中でこの救命ボート問題の結論が出なくなってしまいました…
まあ、だれか1人しか助からない状況なんて皆無だから、早々に結論を出さなくてもいいでしょう。
ただ、子供ができたら、自分がいついなくなってもいいように、できる限り早く伝えたいことを伝えたいなとは思いました。
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[ 2014/06/06 18:30 ] 思想・宗教・倫理 | TB(0) | CM(2)


将棋のルールが日本的

2013/04/24 18:30

将棋のような駒を交互に動かして相手の駒を取るゲームは、インドのチャトランガが発祥となって、西洋ではチェス、中国では象棋となったそうな。

その中でも、日本の将棋には唯一オリジナルのあるルールが取り入れられているそうで、びっくり。

それは、相手の駒を取ったら、自分の持ち駒にできるというルール。

このルール、他国の人が聞いたら、びっくりするらしい。
将棋が一番馴染みのある私にとって、びっくりする外国人にびっくりだわ。

確かに、敵の兵士を奪った直後に味方になるって、実際の戦争では考えにくい。
敵は殺されちゃう。



なぜ駒の再利用をする独自ルールができたか、「逆説の日本史〈8〉中世混沌編―室町文化と一揆の謎」で2説述べられていて興味深かった。


駒の再利用が生まれたと言われる戦国時代、戦乱で自分陣営の主君が滅びてしまったら、敵陣営に兵士として再就職する社会だったため。
日本は島国で、同民族同士の争いだから敵陣営の兵士になれたが、大陸だとありえない。
(大内延介九段説)


戦争を象徴するゲームにしたくなかったので、モノポリーのような財産を奪うマネーゲームにしたため。
ゲームに戦争を用いることを避けたかったのは、死を扱うと穢れに触れるため、貴族はそれを嫌がった(ゲームが現実になって誰かが死んだり、祟られたりを恐れた)。
たとえゲームでも、死に触れることはタブーであった。
この穢れを忌避するのが日本的。

将棋は兵士というよりも財産に似ており、その証拠に「玉(王は玉の後にできた)」「金」「銀」「桂(肉桂・シナモン)」「香」という家宝になっている。
「歩」「飛車」「角行」は財産を守る傭兵。
駒が財産なら、相手の財産を奪ったら自分の財産として活用するという発想になる。
(井沢元彦氏説)



現代日本人の死生観は色々で、死にまつわることを忌避する人もいれば、何も感じない人がいる。
私個人的には、古来の考え方を引き継いでいて、人を殺すと祟りが怖いなって思う。
子供のころ、こっくりさんを呼んだり、怪談話に頻繁に触れていたからかもしれない。
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[ 2013/04/24 18:30 ] 思想・宗教・倫理 | TB(0) | CM(0)


日本人らしさ〜言霊信仰

2013/01/05 18:30

日本人の思想に触れたくて、逆説の日本史を読んでいます。
この本、日本史について淡々と事実が書かれているわけでなく、事象の発生起因と日本人の思想の因果関係を力説してくれているのが面白いです。

以前、日本人らしい信仰として「和と怨霊信仰」があると書きましたが、「逆説の日本史 (3) (古代言霊編)」によると、言霊も日本人らしい思想とのこと。

言霊とは「言ったことに霊力があり、言ったことが現実化すること」



言霊を信じていたのは遠い昔のことのようだけれど、未だに受験生の前で「落ちる」「滑る」って言っちゃいけないし、試験前に「カツ」を食べたりするもんなあ。

あんまり動じない子もいれば、過剰に気にする子もいるから、今のシーズンはうかつに「落ちる」「滑る」って口にできないよねえ。

これ、日本独特ってことは、外国人から見ると滑稽で面白い文化に思われてしまうのかなあ。



つい数十年前は、言ったことが現実化するだけじゃなく、「言うことは望んでいること」とも思われていたそうです。

発言→現実化
  ↓
現実化させたいこと(願望)を発言する
  ↓
発言→願望

例えば、第二次世界大戦中に、冷静に分析した結果「アメリカに負ける」と発言したら、「アイツはアメリカに負けることを望んでいる奴だ」と思われ、非国民になってしまうことになるという構造。
井沢氏の調査によると、軍部による言論弾圧が始まる前から「アメリカに負ける」という意見は口にできなかったそうです。



うかつに発言できない信仰が、寡黙な国民性を生んだのかしら。
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[ 2013/01/05 18:30 ] 思想・宗教・倫理 | TB(0) | CM(0)


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著:有咲
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